広島で過ごした夏
今年の夏、私はゆっくりと広島で過ごしました。8月2日、原爆の日を前に目にした朝刊には平和祈念式典で読み上げる平和宣言の骨子が掲載されていました。骨子の一つに、核兵器廃絶に向けた行動理念として「良心」と「誠実」を示すとあり、私は、この一文に引っ掛かりを感じてしまいました。
8月6日、松井一実広島市長は、核兵器は自国の安全保障にとって役に立たない「絶対悪」と断じる一方で、世界の為政者に向けては行動理念として「良心」や「誠実」という言葉を繰り返しました。核兵器の使用が公共の良心に反することは論をまたないとしても、自国の政府に条約批准を迫ることができない状況はいかにももどかしく思われます。
8月6日の式典直後に情報紙ネットに見解を執筆しました。ご一読いただければと思います。
→市民社会とともに核廃絶への道を歩む
広島駅から広電稲荷町駅超えて松川町をあたりを走っていた際に、「このあたりの道路ってこんなに広かったっけ?」と呟いた私に、「ここらは建物疎開でね」と父が戦時下の話をポツリ。建物疎開中に被爆し伯母の話を聞いたのも初めてでした。語れない記憶もある、ずっとそう思っていたけれど、思い切ってその記憶に踏み込んでみた。少しでもその記憶を刻んでおきたい。そんなことを考えた夏。
北朝鮮をめぐる情勢が緊迫する中で迎えた8月15日。今日、安倍首相は戦没者追悼式で何を語るのか、あらためて注目したい。