町に入ると目の前にセマングムの広大な干潟が広がっていました。セマングム干潟の干拓事業が始まって20年が経過し、全長33.9キロメートルの防潮堤で分断された干潟の生態系は破壊され漁業に深刻な影響が現れているそうです。かつては黒色だったという干潟の表面は茶色く変化していました。今後の事業計画も明確に示されないまま、事業は迷走を続けていると厳しい評価を伺いました。
2005年には、ブアンの女性たちが神奈川ネットを訪ねて下さり、核廃棄物処理場の建設計画をめぐる運動を知りました。計画の撤回から6年を経過した現在のブアンのまちでは、運動に関わったリーダーたちによる経済や労働問題などの教育プログラムが進められています。また、エネルギー自立のまちづくりにむけて、一切の補助金を受けず市民の資本で、太陽熱温水や地熱、風力などの再生可能エネルギーによる小さな発電拠点を増やす運動も展開されていました。
しかし、住民投票までに発展した核廃棄物処分場建設計画を巡る住民間の対立構造を引きずり、農業者や漁業者の所得の向上という課題も抱え、共同体としてまちを再生するにはもう少し時間がかかるとのこと。
ブアンのまちの10年後、20年後を見据え、住民の自治を育てていきたいという李ヒョンミン所長。政府にコントロールされずに、自発的な発想をすること、対話を重ねること、直接参加することの重要性を確認しました。